1.1 カイネテックモデル


1.1  カイネテックモデル
1. カイネテックモデル

ある程度の不正確さを許容したうえで、生体内における物資の代謝と動態を思い切って簡略化、表現したものがカイネティックモデルである。生体を単一の容器とみなし、この容器たる生体から尿素が除去され、同時に容器内で尿素が生成される状態を表現する single-pool 尿素動態モデルはその代表的な例である。

カイネティックモデルは簡略化されているがゆえに、多数の患者に適用できる。例えば、わが国では、20数万人の患者について尿素動態モデルを解析することによりKt/Vや尿素除去率などの透析量やnPCR が算出されている。このように透析量や nPCR を多数の患者で求めることができるようになった結果、透析量や nPCR を算出してから一定期間後に、これらの指標とそれぞれの患者の生存の有無とを照らし合わせて、それぞれの指標と死亡率との関係を明らかにすることができるようになった。現在、これら透析量と死亡率との関係、nPCR と死亡率との関係を基に、死亡率を最小にする透析量や nPCR 値、すなわち至適透析量至適nPCR が決定され、広く透析医療のレベルアップに役立っている。
 
 
2. 透析量
一般医療において薬剤の投与の結果として何らかの治療効果を期待するように、腎不全医療では血液透析を施行した結果として尿毒症物質の体外除去を期待する。この場合、一般医療での薬剤にあたるものが腎不全医療における血液透析である。したがって、腎不全医療にも一般医療の薬剤投与量に相当する何らかの指標があるはずである。この腎不全医療の指標のひとつが尿素に関する透析量である。そして、透析量は、透析前後の血清尿素濃度からカイネティックモデルを解析することにより算出される。
代表的な透析量の指標には、Kt/V や尿素除去率(URRがある。さらに透析量と関連する指標として TACBUN  が使用されることもある。
 
 
3.透析量を測定する際の指標物質としての尿素
透析患者の体内に蓄積する生理活性(毒性)の強い、したがって生命予後を直接左右する小分子量領域の尿毒症物質は、まだ同定されていない。そこで、小分子量領域の物質に関する透析量を測定する際には、通常、指標物質に「生命予後を直接左右する未知の尿毒症物質」と類似の動態をとると予想される尿素を用いる。すなわち、Kt/V や尿素除去率などの透析量を測定する際に尿素を指標物質として採用するのは、決して尿素が生命予後を直接左右する最も毒性の強い尿毒症物質だからではない。多くの研究は、むしろ尿素には目立った毒性がないことを示している。それにもかかわらず、透析量を測定する際に尿素を指標物質として採用するのは、以下の理由による。
a.  血液透析により末期腎不全患者が延命できるようになった初期の頃には、血液透析で除去可能な尿毒症物質の分子量は 500 dalton 以下であった。この事実は、分子量が 500 dalton 以下の小分子量物質に、生命予後に直接関係する物質の少なくとも一部が含まれていることを示している。そして、尿素の分子量は 60dalton と、生命予後に直接関係する小分子量物質の分子量領域内にある。したがって、生命に直接影響を与える小分子量領域の未知の尿毒症物質の動態は、尿素の動態に類似していると想像される。
b.  尿素は他の有機物質に比べて測定が容易であり、測定費用も安価である。
 
 
4. 尿素に関するカイネティックモデルの種類
a. 体液量が変化しない single-pool モデル
透析量の指標として初めて Kt/V を提案したのは、米国の Gotch らである[1]。彼らは、身体を体液の入っている単純な一個の容器であるとみなし、血液透析とはこの一個の容器から体液をダイアライザに送り込み、ここで体液から尿素を除去したうえで元の容器、すなわち身体に戻すことに近似できるという前提の下に、数学的に Kt/V を求めた。この際、モデルの解析を簡単にするために、彼らは透析中における尿素の産生を無視し、透析前にすでに体内に蓄積していた尿素のみが体外に除去されるものとした。さらに、彼らは、透析中に体液量は変化しないものとした。このモデルを解析して得られるのが以下に示す式である。
  Kt/V =−ln(Ce/Cs)                  (1) 
  ただし、Cs は透析前血清尿素濃度、Ce は透析後血清尿素濃度を示す。
  なお、この初期の Kt/V は、現在ではほとんど利用されることがない。

b. 除水にともなって体液量が減少していく single-pool モデル
Gotch
らが初めて Kt/V を提唱した後、まもなく除水にともなう体液量の減少が考慮されている single-pool モデルを解くことにより求めたKt/V が広く用いられるようになった。除水量がドライウェイトの 6% 程度の場合、除水にともなう体液量の減少が考慮された Kt/V は、これが無視された Kt/V よりも 0.2 程度高い値を示す。
  透析中の体液量の減少を考慮したsingle-pool Kt/V を算出する式には、Shinzatoの式[2]Daugirdasの式[3]がある。
 
c. two-poolモデル
single-pool
モデルは、透析中、生体内のあらゆる区域で尿素窒素濃度は均一であることを前提としたモデルである。しかし実際には、透析終了後しばらくの間は血清尿素濃度が上昇していくことから、生体内には尿素の除去されやすい区域(血管内を含む)と除去されにくい区域があると推測される。すなわち、透析後にみられる血清尿素濃度のリバウンド現象は、透析終了後に生体内の尿素濃度が均一になっていく過程であると考えられる。
そこで、体内の尿素の動態を細胞内区画と細胞外区画のふたつの区画からなる two-pool モデルで説明しようという試みがなされた。しかし、透析後にみられる血清尿素濃度のリバウンド現象を定量的に説明しようとすると細胞膜の物質移動係数(Kc)が患者ごとに大きくバラつくなど、体内での透析中の尿素動態を細胞内区画と細胞外区画からなる two-pool モデルで説明することについては不都合が生じた。また、脳など、一部の臓器を除いて、尿素は細胞膜をほぼ自由に通過するという観察結果からも、体内の尿素の動態を細胞内区画と細胞外区画からなる two-pool モデルを用いて説明することは無理があるように思える。
 
d. 局所血流モデル(regional blood flow model
透析後にみられる血清尿素窒素濃度のリバウンド現象を説明する別のモデルとして、Schuneditz らは局所血流モデルを報告した(図1)[4]。局所血流モデルは、生体は水分含有量が多いにもかかわらず血流は少ない臓器(低血流臓器;筋肉、骨、皮膚、脂肪組織など)と、水分含有量は少ないが血流が多い臓器(高血流臓器;心臓、脳、消化器系臓器、肺など)からなるという観察結果に基づく尿素動態モデルである。すなわち、Schuneditz らが報告した局所血流モデルでは、心拍出量の15% が低血流臓器を還流し、残りの85%が高血流臓器を還流する一方、体液量の 80% が低血流臓器に分布し、残りの20% が高血流臓器に分布するとしている。

そこで、高血流臓器では少量の体液に分布する尿素を大量の血流が洗い流していくので、尿素濃度は透析の進行にともなって大きく低下する。一方、低血流臓器では大量の体液に分布する尿素を少量の血流が洗い流すので、透析の進行にともなう尿素濃度の低下はさほど大きなものとはならない。その結果、透析終了時には高血流臓器と低血流臓器との間に著明な尿素濃度の差が生じる。そして、透析が終了して尿素の除去が停止すると、高血流臓器と低血流臓器の尿素濃度は均一になっていき、この過程が透析終了後の血清尿素濃度のリバウンドとして観察される。

透析終了時における高血流臓器と低血流臓器との間の尿素濃度差は、尿素を急速に除去するほど大きくなる。すなわち、透析終了後の血清尿素濃度のリバウンドは、高効率・短時間透析において低効率・長時間透析よりも著しい。さて、透析終了後、高血流臓器と低血流臓器の尿素濃度が均一になるのにはおおよそ 40分が必要である。それにもかかわらず、透析後の採血は透析終了時に行わざるをえない。そこで、高効率・短時間の透析を施行している国や地域の Kt/V はより高く評価されることになる。

この問題を解決するために、Daugirdas らは、透析終了時の血清尿素濃度の代わりに透析後でリバウンド後の血清尿素濃度を使用し、除水にともなって体液量が減少していく single-pool モデルを解析することにより Kt/V を算出した[5]。このようにして求めた Kt/V は、体内における「尿素の除去されやすい区域」と「除去されにくい区域」の境界に存在するはずの尿素の移動の抵抗となるバリアーの影響を消去した上で求めた Kt/Vequilibrated Kt/V)となる。リバウンド後の血清尿素濃度については、彼らは局所血流モデルを解析することにより求めている。
 
 
5. 透析量とカイネティックモデル
表1には、各カイネティックモデルとそれぞれに対応する Kt/V や尿素除去率の算出式をまとめる。なお、現在、もっともよく用いられる Kt/V は透析中に体液量が変化する single-pool モデルに対応するものである。そして、この Kt/V を算出する Shinzato の式[2]は、Kt/V だけでなくnPCR も算出するために作成されたので、必然的に Kt/V のみを算出する他の式に比べて複雑である。そこで、表1に Shinzato の式を記載することはできなかった。また、現在、一般的に用いられている尿素除去率は、もっとも初期に Gotch らが Kt/V を求めるのに用いた、体液量が変化しない single-pool モデルに対応するものである。最近になって、クリアスペース率の名で局所血流モデルに対応する尿素除去率が報告されたが[6]、これら以外のモデルに対応する尿素除去率はまだ報告されていない。なお、ここでは、尿素除去率を透析開始前に体内に蓄積していた尿素の総量に対する透析で除去された尿素量の比率と定義した。
 
表1  コンパートメントモデルの種類と算出されるKt/Vおよび尿素除去率(URR
 
Kt/V
尿素除去率(URR
定体液量1-Cモデル
Kt/V =−ln(Ce/Cs) 
URR=(Cs – Ce)/Cs×100
変体液量1-Cモデル
sKt/V = −ln( Ce/Cs−0.008td )
(4−3.5Ce/Cs)ΔBW/BW
580×BW(Cs-Ce)+1000×ΔBW×Cs
URR= --------------------------------------------------×100
(580×BW+1000×ΔBW) Cs
局所血流モデル
eKt/V= sKt/V - 0.6 (sKt/V)/td + 0.03
(Ce/Cs - 0.008 td) (1-0.6/td) + 0.008 td
URR = [1– -----------------------------------------------]×100
1+1.81(ΔBW/BW)
定体液量1-Cモデル:体液量が変化しない1-コンパートメントモデル
変体液量1-Cモデル:体液量が減少していく1-コンパートメントモデル
sKt/V
single-pool Kt/V
eKt/V
equilibrated Kt/V
Cs
:透析前血清尿素窒素濃度(mg/ml
Ce
:透析後血清尿素窒素濃度(mg/ml
BW
:透析後体重(kg
ΔBW
:透析による体重減少量(kg
td
hr単位の透析時間
 
 
 
文献
1.  Gotch FA, Sargent JA: A mechanistic analysis of the National Cooperative Dialysis Study (NCDS). Kidney Int 1985; 28; 526-534
2.  Shinzato T, et al: Determination of Kt/V and protein catabolic rate using pre- and postdialysis blood urea nitrogen concentrations. Nephron  1994; 67: 280-290
3.  Daugirdas JT: Second generation logarithmic estimates of single-pool variable volume Kt/V: An analysis of error. J Am Soc Nephrol 1993; 14; 1205-1213
4.  Schuneditz D, et al: A regional blood circulation alternative to in-series two compartment urea kinetic modeling. Trans Am Soc Artif Intern Organs 1993; 39: M573-M577
5.  Daugirdas JT, Schuneditz D: Overestimation of hemodialysis dose depends on dialysis efficiency by regional blood flow but not by conventional two pool urea kinetic analysis. ASAIO Journal 1995; 41: M719-724
6.  新里高弘, 井関邦敏, 他:適正透析に関連する新しい指標:クリアスペース率. 日本透析医学会雑誌  2006; 39(51回日本透析医学会学術集会・総会特別号); 600, 2006.